Holy (K)night
あるところに一匹の猫がいた。
その猫はまっ黒な黒猫で、
その黒い野良猫はその風貌から
不吉な存在として
人間達は嫌っていた。
石を投げられることも
しばしばだが全く気にしないで
自慢の鍵のような尻尾を
水平にして歩いていた。
生まれた頃から野良猫で、
名前もない、
そして何よりも優しさ、
温もりを
一回も感じた事がなかった。
猫自身は孤独には慣れていて、
と言うよりも
望んでいるらしいが
そんなことはない、
ただ自分に対する優しさに
怖れているのかもしれない。
ある週末の大通り、
冬に近づいて来たためか、
今日は一段として寒い。
人通りもまばらな大通り。
いつも通りその名もなき猫は
自慢の尻尾を振りながら
歩いていた。
今日は朝から何も食べていない。
また今日も
子供達に石を投げられた。
しかしそんな事は
全く気にしない猫、
そのまま大通りを
転々とふらついていた。
何も目的もないのに…。
そんな時
その猫に近づいてくる人間が一人、
猫は
「また、嫌がらせだろう。
なんかやったら
また逃げればいいか」
そう思っていた。
しかしその人間は
まったくその猫に
嫌がらせをしない。
猫の後ろを
ただついてくるのであった。
まったく何もしないのだ。
しばらく経って
しびれを切らした猫は
その人間を見た。
風貌はいかにも汚く服もぼろぼろ、
リュックには寝袋が入っていて
左手にはスケッチブックが一冊、
若い絵描きのようであった。
まあ単純に言うと
ホームレスみたいな格好をして
絵を売ることによって
生計を立ててるようだ。
猫はその男を
まじまじと見たあと
また前を向いて
歩き出そうとしたとき
その猫に若者が話しかけてきた。
「こんばんわ、素敵なおチビさん。
いつも一人で歩いているけど、
どうしたんだい?
もしかして
友達がいないのかい?
もしそうなら
俺とよく似てるなあ」
と言ってその猫を
おもむろに抱き上げた。
猫は驚いたあまり
その男の腕の中でもがいて
至るところをひっかいた。
男はその猫を放した
そしてそのまま猫は
どこか走って逃げてしまった。
その猫を
また男は追いかけていった。
なぜ猫は逃げたのかわからない。
たぶん猫は生まれて始めての
優しさと温もりが
信じられなかったのかもしれない。
猫は何も考えず
ただただ逃げていく。
そして変わり者の絵描きも
その猫についていくのであった。
しばらく逃げて
とうとう猫は
疲れて走るのをやめた。
朝から何も
食べていないからかもしれないが、
疲労はピークに達していたらしく
その場に倒れ込んでしまった。
猫は意識が朦朧であった。
そして猫は思った。
「このまま俺はどうなるんだ。
このまま死んでしまうのか」
猫の意識はどんどん薄れていく。
そして
眠たいような感覚に襲われて
そのまま気絶した。
追いついた男は
倒れている猫を見て
すぐに近づいた。
急いで猫の胸の部分をさわった。
「よかった」
心臓は動いている。
そしてかれはその猫を抱きかかえ
路地の方へ連れていった。
どのくらい寝ていたのだろうか、
もう日が昇っていた。
猫が気がつくと
そこは
大通りのすぐ脇の路地だった。
そこには昨日あった若い絵描きが
ひとり心配そうに自分を見ていた。
目を開けたときに彼は
「よかった、目を覚ました。
大丈夫だったかい?」
と言っていた。
猫の目の前には食料は少しあった。
それを猫は
しばらく手を出さないでいた、
また嫌がらせかもしれないから。
しかし若い絵描きの顔を見て
恐る恐る食べ始めた。
これはなかなかうまい、
猫はその食料をぜんぶ平らげた。
若い絵描きもほっとひと安心。
しばらく経って絵描きは
「自分の絵を売りに行くから。
おまえは
自由に行くといいよ」
と猫に言って
猫を置き去りにして
大通りに出ていった。
そして絵描きは
おもむろにスケッチブックから
何枚か破って
自分の前に置き座り込んだ。
その絵はすべて黒猫の絵だった。
少し経って名もなき猫は
ゆっくりと
その絵描きの方へ歩み寄っていき、
あぐらをかいているうえに
ちょこんと乗った。
絵描きはうれしそうに
猫を見ながら
今度は
スケッチブックの新しいページに
その猫の絵を描き始めた。
鉛筆でゆったりと
自然に書いていく姿に
猫も絵描きの足の上で
ゆったりとくつろいで
いつの間にか寝てしまった。
気がつくともう夜であった。
またあの路地に絵描きがひとり。
しかし今日は昨日と違い
絵描きの上に寝ていた。
その絵描きは
またその猫の絵を描いていた。
絵描きはいった
「今夜も寒いなあ、そういえば、
おまえ名前はあるのかい?」
猫は鳴いた。
「そうか・・・、
じゃあおまえに名前を付けよう。
おまえと会ったのは
夜であったから聖なる夜、
“ホーリーナイト”
(holy night)と名付けよう。
では今度からおまえは
ホーリーナイトだ」
と彼はうれしそうに言った。
そしてホーリーナイトも、
うれしそうに鳴いた。
このときホーリーナイトは思った。
「これらのことを優しさ、
温もりと言うんだ。
そしてこの若い絵描きこそが
自分の友達なんだ」
と実感したのであった。
そして二度目の冬を過ごした。
その日は特に冷え込んでいた。
絵描きの絵は全く売れず、
お金もなく
一ヶ月くらい
何も食べていなかった。
絵描きはいきなり倒れた。
ホーリーナイトは
倒れた音を聞いて
すぐに絵描きに近寄った。
絵描きは栄養不足らしく
衰弱してた。
絵描きは手紙を書くとこう言った。
「ホーリーナイト、
これを、ここにいる俺の恋人に
渡してくれ。」
そう言うと
地図のある地点を指した。
ホーリナイトはわかっていた。
自分の唯一の友達である
この絵書きは
もう死んでしまう、
これが最期と言うことを。
ホーリーナイトは
絵描きが書いた手紙をくわえて
絵描きが指した場所に向けて
走っていった。
「頑張って届けてくれよ」
そういって絵描きは
目をつぶった
永遠の眠りについたのであった。
走っている間
ホーリーナイトは
目に涙の溜めていた。
自分が出会ったせいで
友は死んでしまった。
そんな事を思うと
涙がとまらく出てくる。
友の恋人に
最期に書いた手紙を渡すことが
せめてもの報いだ。
そう思いながら
その町に向けて走っていったのだ。
しばらく行くと子供がいた。
子供はホーリーナイトを見ると
「見ろよ、悪魔の使者だ!!」
と言うと
ホーリーナイトに向けて
石を投げつけた。
ホーリーナイトは
素早く身をかわし
走り去っていった。
黒猫は
誰に何と呼ばれようとも
気にしなかった。
自分には
消えない名前があるからだ。
嫌われ者だった自分を
「ホーリーナイト」「聖なる夜」
と呼んでくれた
唯一無二の親友と知り合い、
そして短い間だったが
生活を共にした。
この思い出は
誰にも消す事はできない物なのだ。
しかしその親友は
この世にはもういない、
遠い遠い場所へと行ってしまった。
自分には
生きる価値がないと思っていたが
そんな事はなかった。
自分はこの手紙を届ける為に
生きているのだと黒猫は思った。
そして
とうとう恋人のいる町に着いた、
しかし恋人の家までは
あと数キロある。
また黒猫は走り始めた。
そろそろ足も限界に近づいていた。
走るたびに足に激痛が走り
思うように走りさせてくれない。
だが黒猫は
走り続けるのであった。
また激痛が走り
黒猫は倒れてしまった、
すで満身創痍である。
立ち上がると
すぐに罵声がとびそして蹴られる。
しかし黒猫はゆっくりではあるが
恋人の家に歩を進めていく。
そしてとうとう家に着いた。
黒猫は足を引きずりながらも
最後の力を振り絞り
ドアにタックルした。
しばらくすると恋人が出てきた。
ドアを開けると
手紙をくわえた黒猫が倒れていた。
もう息はしていない。
恋人は手紙を見た、
それにはこう書いてあった。
「ごめん、
俺もうそっちに帰れそうにない、
君がこの手紙を
見ている時には、もう俺は
遠い場所に行っているだろう。
都会は恐ろしいところだった、
俺が絵を描いていても
誰一人
声をかけたりしてくれない。
友達も作れなかった、
一人以外はね。
それがこの手紙を届けた
“ホーリーナイト”
(holy night)だ。
一人ぼっちみたいで
俺と似ているなぁと思って
抱き上げたんだけど暴れてね。
初めは逃げてしまったんだ。
けど彼が倒れているところを
助けたら妙になついてね、
友達になったんだ。
そして名前がなさそうだから
俺がつけてあげんだ。
そこで
君にお願いしたい事があるんだ。
この手紙を無事に
君に届けられたら
親友にアルファベットを
増やしてくれないか?
nightの前に一つkを、
たぶん
彼も喜んでくれると思うんだ。
よろしく」
そう書いてあった。
恋人はもう動かない黒猫を抱き上げ
庭に埋めてやり
名前の書いた立て木を指した。
そして
言われたとおり名前にkをかいた。
ホーリーナイト(聖なる夜)
-Holy Night-は
ホーリーナイト(聖なる騎士)
-Holy Knight-になったのだ。
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